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「好きなこと」だけして生きていく、、、言葉はむずかしいーー調和のために行為することは「ヨーガ」となる

yoga

 

 

電車にて。

わたしの向かいの人が
「好きなこと」だけして生きていく    という本を読んでた。

  ( ゚д゚ ) 

 

「好きなこと」だけして生きていく このビミョーな言葉は、取り方ひとつで変わってくる。

「好きなこと」の定義が各自 違うから。 

 

 

好きなだけ食べて呑んで寝て…が、好きなひともいる(好みでぜんぜんいいですよ。リラックマとかだいすきだし)

確かに居る。確実に居る。

1年続けて嫌になる 病気になる。 

 

すききらい っつーのは
すぐ変わる。
立場や年齢、状況で
あっという間にすぐ変わる。

 

感覚器官の心地よいことばかり だけにすると

すきで心地よいがあたりまえ になり
「すきで心地よいこと」で なくなってくる。

よーするに、飽きる。

 

痛くて辛くてストイックなことも
あるひとにとっては「すきで心地よいこと」。
続けるうちに耐性ができて
痛くて辛くてストイックなことじゃなくなってくる。

アーサナで「ポーズが目的」になるとよく起きる。
日常生活送る上で、脚が首の後ろに廻る必要は無い(わたしは好きだけど)

これも、キリがない。

 

もっともっと、
次へ次へ、、と、ぐるぐる回る想いは
同じところをぐるぐる回す。

身体に入って相対の世界で生きている限り
この決まりからぬけることはできない。 

 

 

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http://www.corsodireligione.it/religioni/induismo/indu_31.htm

 

なんども、繰り返して気づく。

そんなことが幸せじゃないことに。

(BGMは かごめかごめ ♪ )

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感覚は一時的で すぐに去ります。

 

 

さらに、

すきなことだけするのと
幸せであることは、違う。
幸せに自分で気づけるひとは
すきなことをやろうがやらまいが
しあわせ。

そのひとは、

すき  も  きらい も  越えている。

ぜんぶを  ありがたく受け入れる。

 

かみさまが喜ぶことは、
自分も周りも喜ぶこと。

すきなことだけやって、なおかつ、周りの人生を幸せにしてないと、幸せにならない(やっぱりリラックマは、スゴイ!)。

神様は自分の子供を傷つけられたくない。
私が犠牲になる も、
自分だけ良ければ も、
喜ばない。

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来るものすべてを ただ受けとります。

それをやりに生まれてきてる。

起こることは
自分にとって必要だから起きている。

 

「すきなことをやる」って
自分が動いている風だけど

じつは 

来るもの全部が
超〜〜〜絶妙に与えられたギフトです。

そこへたどり着くまでも
いろんな「おかげ」で成り立っている。
そこで どう対応するか、
かみさまはどっかから
何も言わずに、ただ観てる。

にんまり と。

 

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好き嫌い(ラーガ/ドヴェーシャ)を越えて、
調和のために行為することがヨーガ。
その状況を感謝して受けとり
自分の蒔いた種を、自分で苅りとる。

さらにその行為を
かみさまが喜ぶことへ向けちゃうと
動機がぜんぶ 愛 になる。

それが
いちばん すきなこと

 

あれ??

 

すきなことだけして 生きていく。

戻っちゃった 

 

作者と言いたいことは  いっしょ。 

 

らいねんも よろしく。