読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ダクシナやドネーションは無限大ーーペイ・イット・フォワードの効果

 

 

人から何かを習うとき「まずはお金」だった わたし。

それが「あたりまえ」だと思っていたし、準備できなきゃ受けられない と信じていました。値段が高ければ一生懸命お金を工面します。巷で開かれる講座も、値段が付いていることがほとんどです。

 

それに慣れたわたしが忘れかけていたのは
心構え や受ける態度、
尊敬する気持ちでした。

「ありがとう」や
「ためになったよ」が
自然に入る、お金はその「かたち」でした。 

メインは心であり、お金は「付いてくる」ものでした。

 

伝統的なヨーガやヴェーダンタのクラスは「ダクシナ」や「ドネーション」制。人それぞれ経済状況も違うので、料金のめやすはあっても決まりはありません。

経済状況以外にも、教えが役立つ、長く存続して欲しい、そう思うなら入れる量も自然に増える。百円でも三万円でも、大金持ちなら土地や建物も…

先生自身がダクシナで生活していれば、払う側にも考える機会が訪れます。

 

 

最近、ここでお金の話題を書いていたら  されたはなし。

知人が、大金払って講座へ入り5回(全10回)で辞めたそうです。
(この「大金」の定義も人によって違います)

f:id:reikoro:20161102092649p:plain

 

「金返せ」「損した」は、主催と受け手の価値(値段設定)の不一致。その価値も、効果がすぐ出る、数年後、はたまた見えないレベルで結果が出てた…  ほんとのところは誰にもわからない。

自分が納得できれば、払えます。
受ける前では納得できません。

(きっと 払ったことがエンジンになりますが…)

 

さらに自由に使える金額が100万円の人と1万円の人とでは、30万円を捻出する苦労が違う。そいつにとっては大金で、すべての貯金をかき集めたから迷ってた。

それに対して
「やる気があれば、その金額を出せるはずだ」と
主催側が言う」のは何か違う気がする。

 

世の中には「やる気」があっても「カネ」がない、行きたい場所へアクセスできない人がいる。どうしようもない事情があって、財布に千円無い人が存在する。

日本人でも全員が、親に学校出してもらえるわけでもないし、大切に育てられた人ばかりでもない。人が生まれながらに持つ機能に含まれない「お金」が最初に立ちはだかると、ハンデが大きい人はアクセスできない。

(そのブロックを外すからこそ 抜けられる…)

 

 

与える量の多さは自身の豊かさに比例する

値段うんぬんの話をしているんじゃなくて、ギフトのはなしをしています。

自分の価値を高く認める先生もいいし、金ピカ綺麗にしている先生もいい、けど絶望した人へ希望を与える先生は さらにカッコイくて、豊かだ。

スーパーマンや聖者と呼ばれるレベルの人は他へ与えまくる。マハリシもガンジーも腰布一枚だけ身に纏う。スワミシバナンダはゴム園の貧しい労働者たちを無料で診察し続けた。ダクシナで建つアシュラムもあるし、ドネーションで存続する施設もある。 

下はゼロから上は無限大、価値へ気づいた人から値段設定以上に豊かなものが流れてくるのを、このひとたちは知っているし、そうだとしても そこへ価値を見出さない。 

 

さらに言えば、

値段を高めに設定した と思っていても、
その期間は、上限も固定されたまま。

 

これはバークレーにあるメニューに値段のないネパール料理店のお話です。

 

メニューには値段が書かれていません。
なぜなら、食事後にいくら払うかを「客」が決める仕組みだからです。


客が料理を食べ終わると、伝票の代わりに封筒が置かれるそうです。

その中に入っているカードには、

「合計0ドル」

という文字と共に次のようなメッセージが

「寛容の精神に基づいて、この食事はあなたの前に来ただれかからの贈り物です。私たちは、あなたがこの循環を続けてくれることを願っています。もし、これから訪れるお客様へこの輪をつなげたいと思ったら、封筒に無名の寄付を残してください。」


この封筒にお金をいくら入れるかは客の自由。

しかも、客から回収された封筒は店内のポストにしまわれ、閉店後に開封されるため、誰がいくら払ったか、あるいは払わなかったかは、一切分からないようになっています。

ギフトエコノミーとは、
自ら進んで与えることを前提に成立する経済。
需給関係で価格が決まり、貨幣の支払いと引き換えにモノやサービスが提供される市場経済とは異なり、ギフトエコノミーでは、お互いの善意と信頼関係が必要です。

ところが、この店では、ギフトに対して直接の見返りを期待するのではなく、信頼関係のない見知らぬ次の人に対してギフトを送るという思想、すなわち「ペイ・イット・フォワード」が根底にあります。

Tokyo Urban Permaculture: 費用の理念

 

カリフォルニア州立バークレー大学近くの「カーマレストラン」。土曜日の夕方5時から10時までオープンしているお店。毎週、40-50席ほどの店内が「満席」

 

 

お金はとても便利で腐らない、
人生を豊かにする機会をくれます。
上手に使わないともったいない。

市場経済から離れた
カーマレストランのようなお金の使い方は、
人がもともと持って生まれる「互恵性」を
発揮させるシステムです。

 

 ペイ・フォワード―「可能の王国」 (BOOK PLUS)

 

みんなそれが気持ち良くて、そこへ行く。

お互い嬉しく、価値の誤差がありません。