見えないと残酷になれるけれど、結果は自分が受け取っているーー「ぼくはお金を使わずに生きることにした」マークボイル

 

 

ぼくはお金を使わずに生きることにした

 

 

この実験で証明したいのは、お金がなくても「生き延びられること」ではなく「豊かに暮らせること」だーー イギリスで1年間、お金を一切使わずに生活する実験をした29歳の若者がメディアで紹介されるや、世界中から取材が殺到し、大きな反響を呼んだ。貨幣経済を根源から問い直し、真の「幸福」とは、「自由」とは何かを問いかけてくる、現代の『森の生活』。

 

ソローは人里離れた森に独り入り、自給自足をしました。彼(マークボイル)は、キャンピングカー(トレーラーハウス)を農場の一角に停め、半自給自足、周りと関わりながら「シェアベース」の生活をしました。

 

ある晩、親友のドーンと話していて、搾取工場、環境破壊、工場畜産、資源争奪戦争などの世界的な問題に話題がおよんだ。

(中略)その原因とは、消費者と消費される物との間の断絶である。

われわれが皆、食べ物を自分で育てなくてはならなかったら、その三分の一を無駄にするなんてことは(これはイギリスで現に起きていることだ)しないだろう。机や椅子を自分で作らなければならなかったら、部屋の模様がえをしたとたんに捨ててしまったりはしないだろう。目抜き通りの店で気に入った服も、武装兵士に監視されながら布地を裁断する子どもの表情を見ることができたら、買う気が失せることだろう。豚の屠畜処理の現場を見ることができたなら、ほとんどの人がベーコンサンドイッチを食べるのをやめるだろう。飲み水を自力できれいにしなければならないとしたら、まさかその中にウンコはしないだろう

心の底から破壊を好む人間はいない。他人に苦痛を与えて喜ぶ人など、そうそうお目にかかるものではない。それなのに、無意識に行っている日常的な買い物は、ずいぶんと破壊的である。なぜか。ほとんどの人が、みずから生産する側に立たされることはおろか、そうした衝撃的な生産過程を目にすることもなければ、商品の生産者と顔を合わすこともないからだ

ニュースメディアやインターネット上で実態の一端をかいま見る機会はあっても、その効果はたかが知れている。光ファイバーケーブルという感情フィルターを通すと、衝撃は大幅に減殺されてしまう。

こういう結論に達したぼくは、消費者と消費される物との極端な断絶を可能にしたものは何だろうかと思案した。たどり着いた答えはごく単純だ。

「お金」という道具が生まれたその瞬間から、すべてが変わったのだ。

最初はすばらしいアイデアだと思われたし、世界中の99.9%の人々は今でもそう信じている。問題は、お金がどう変わったかと、お金が何を可能にしたかだ。お金のせいで、自分たちが消費する物とも、自分たちが使用する製品の作り手とも、完全に無関係でいられるようになってしまった。消費者と消費される物との断絶は、お金が出現してからこのかた広がる一方であり、今日の金融システムの複雑さによって、ますます拍車がかかっている。

こうした現実からぼくらの目をそらすために、周到なマーケティングキャンペーンがしかけられる。莫大な予算が投じられるだけあって、成果は上々だ 

 

すごく、耳が痛い。

 

お金は
ただの道具とも、
エネルギーとも言われます。

それ自体に善悪はないけれど、
使い方を間違えると
大変なことになります。
命を無くすひとまで居ます。

 

物事の進まなさ、想いと行動の不一致の原因
ほとんどがお金だったわたしは
それがクリアできる環境へ移動しました。

自由にお金が使える一年を過ごし
正直に言えることは
あった方が断然便利で快適、
時間、手間、サービスを買え
勉強やものづくりもスムーズ、
誰かを喜ばす「きっかけ」を
買うこともできます。

 

だけど、
わたしの「便利」や「心地よい」が
何かを傷付けていたとしたら…

できる限りでやめたい と
最近急に思うようになりました。

 

傷ついた、傷付けられた と言う前に
誰かを傷付けていないか?
自分がとるその行為は
本当のホントの本当に
必要なのかどうか? 

 

山に暮らし
環境へ負荷をかけない生活をする彼らには
わたしに無い種類の
富や徳がたくさんありました。

肉を食べない彼女たちも
素晴らしい富を手に入れました。

わたしは以前、
鯉をルアーで釣って
遊んでいました。

 

 

これって

繋がりが見えない結果の
あらわれなんじゃないかと
「カルマ」のことを調べていたら
ふと、思います。

 

違うかもしれないし
そんなこと誰にもわからないけれど、
最近すっごくそう思う。