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人こそ人の鏡(カルマ論)  「のに!」をやめたらこうなった

「せっかくやってあげたのに!」と言われ、

返す言葉は

「やってくれなんて 誰も頼んでないっす」

 

 

長い間、言ったり言われたり繰り返していましたが、これを頭で理解して しばらく経ちました

 

joe.hatenablog.jp

 

与えたものが返ってくるアレによるなら…

わたしが「してあげたのに!」言うから、「してあげたのに!」言われる、ということです。

 

この「のに!」を、あの日からやめました。

言葉だけじゃなく、思いまで。

というより 理解をしたら「のに!」を、思わなくなってきて

 

 

先日ふと気づけば、

「のに!」を言う人間が周りにいなくなっていました、消えていた。むしろ「受け取る」練習をさせてくれる人が、たくさんたくさん現れます。

 

喜んで、たくさん  くれます。

 

モノや食事にはじまり、場所やきっかけ、肯定的な言葉や想い、超〜〜〜大事な智慧、さらには愛情まで  もりもり盛りだくさんです。

 

タヒチアンノニジュース (1L) 

「のに!」

自分を過小評価された、大事にされなかった、悲しい→悔しい→イカります。根っこの想いは、相手を思い通りにしたい  ただのエゴ。

 

 

犠牲  について先生が言っていたこと。

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「相手のために我慢しながら行なう」。一見美しく見えるものですが、「犠牲」と思うこと自体が無理をしている証拠。イヤイヤ行動しているーーそれが想いと行動の不調和で、おかしくなっていきます。相手のための行為が自分にとって喜びであれば「我慢」だ なんて想いもしません

(頼むから、させてくれ!! です。ドM万歳)

 

わかりづらかったら、

「それがダルマに沿っているか?」で判断すればいい。

好き嫌いを超えて、ダルマに沿う行動を選択します。
それなら、想いと行動が調和します。
 
それを何度も繰り返していくと、
 したいことがダルマに沿う
 したくないことがアダルマである
 (アダルマだからしたくない)
 
に、自然となっていきます。
 
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教わることのすべてが そのとおりで、
ひとつずつクリアする度、こりゃ〜間違いない!とその信頼は揺るぎなくなります。
そして、実感するのは、決まっていつも生活の中です。
 
 
 
どんどん実験しないと 生きてるうちに間に合わん!