結果に執着せず行為を為す  カルマヨガ

高いお金を払って高級レストランへ行きたいのと同じく、お金を払って大汗かいて  キツめのアーサナーやりたいだなんて、ヨギーはある意味ドMの集まりです。
そして、お金が貰えなくてもやってしまうカルマヨガ。
 
 
どうしてタダや赤字でもやるのかって
 
そこで得るもの、例えば知識や技術、ためになる話、感謝され喜ばれることが嬉しい、自信になる… 
私なりの恩恵があるから、自腹切って時間を作って行きます。教える練習をしたいからはじめたら、それ以上の結果と一緒にオマケがついてきた、なんかすごい仕組みです。
 
やりたい人しか来ないから、文句と愚痴がひとつも無い。
どこかの職場と大違いです、、、。

 

 
 
だけどだんだん慣れてきて、褒められ喜ばれることが快楽になっていた、、褒められないと つまらない、喜んで貰えないとやり甲斐が無い… 
だからその先へ行くには、あのセリフ
結果に執着せずに行為を為せ
が必要になってきます。
 
 
この文章、初めて聞いた当時は、
いやいや  絶対ムリだろ…って思ってたけど、
 
最近、発見しました。
 
 
 
欲を捨てリラックスして没頭 = 良い結果 = 結果に執着せず行為を為す
 
この心構えはカルマうんぬん以外に、自然と力を発揮できる(いわゆる ゾーン)方法なんだと。
 
人によく思われたい、
認めてもらいたい、
いいクラスをしなきゃ、
人数が増えると 場にのまれて緊張します。
未熟な私の 承認欲求と自分目線のヘボいエゴ。
 
このひとはどうして来たのか、
集中できているか、
どこが硬いのか、
リラックスできているか  
相手に対して必死にしてれば緊張するヒマなんてありません。
全神経を集中させて相手を見ます。
 
自分を捨てて道具になること。
消防士が火へ入るように?  大袈裟かも知れんけど、そんなの
ーーそして、その行為が「カルマの鎖を無くす」
 
まだまだ私はそこまで達せず、入り口グルグルしてるだけですが、、
教えのとおり進み向かう途中に、いつも発見があります。ポーズの完成へ向かう途中に、大発見があるように
できない人しか気づかない学びがたくさん潜んでいます。
 
執着を離れ、
自己を誇らず、
堅固さと気力をそなえ、
成功不成功に動じない物は、
純質的な行為者と言われる

 

たしかに、

そういうひとに、惹かれます。

そういうひとが、すてきでかっこいいと思います。

 

セザール みたい。

 

 

 

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

 

 

 

 

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