あるがままに  自分の人生を精一杯全うすること

聖典の勉強は、一人ではできません。

読んだだけでは理解できないから。

サンスクリットが英語へ、さらに日本語のテキストを使うにはもうひとつ訳が入ります。

必ず 師から弟子へ口と耳とで受け継がれ、たくさんの例を話し、理解するまで数人で話し合います。私はコレをすっ飛ばして一人で読み進めていたので、浅い理解で中途半端なままでした。

 

あるがままに―ラマナ・マハルシの教え 

リトリートへ行く数ヶ月前、勧められて読んでいたんですが、膝叩くほど ほー! と思える部分と、私のレベルが低いため、意味がよくわからない部分がありました。

そんなことも忘れていた数ヶ月後のリトリート中、「あるがままに」を読む会  が ありました。ひとつの段落を読み、数人でディスカッションします。さらに、参加者の身近な話しを例にしての解説。

読んだあとのプログラムは、山の上からやってきたスワミジのお話し。

「あるがままに」を読む会  と全く同じ主題の話でした。

 

太陽はいつも変わらなく「在る」。変わるのは天気。雲が出たり、雨が降ったりするだけ。

私もいつも変わらなく「存る」。

5歳の身体と現在の身体は細胞も含めて全てが違うけれど、

周りの環境も友人もパートナーも考えも、全てが変化したけれど、

眠っているとき記憶は無いけれど、

自分はいつも変わらなく「在る」。

変わるのは心や状況。そのとき自分にとって都合が良ければ好き、都合が悪ければ嫌い、勝手にジャッジしているだけで、物事には良いも悪いもない。心に振り回される必要はない。

だから、結果にとらわれず、行動すること。

自分のカルマ、持てるものをフル活用して、やるべき人生を精一杯全うすること。

長生きすることが目的では無く、毎日を創造し充実して生きること。

 

やっと腑に落ちた。

これに気がつけて、日本に生まれた意味を考えるように言われました。

生まれながらにして戦争もなく安全で、餓死する人なんて滅多にいない。自由に発言ができ、文字の読み書きができ、学ぶ環境もあります。住む場所も仕事も選ぶことができ、恋愛も結婚も自由です。

そうしたら、全部が全部ありがたいことに思えて感謝以外のことは思い浮かばないのです。